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広島地方裁判所 昭和59年(行ウ)16号 判決

当事者及び訴訟代理人の表示は別紙(一)当事者目録記載のとおり。

主文

一  被告が、広労委昭和五七年(不)第六号事件について、昭和五九年六月二八日付でなした別紙(二)命令中、主文3項を取り消す。

二  訴訟費用中、参加によって生じた費用は補助参加人両名の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  主文一項と同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らのうち、別紙(一)当事者目録番号1ないし7の七名は補助参加人株式会社広島タクシー(以下「補助参加人広島タクシー」という。)の従業員、同目録番号8ないし52の四五名は補助参加人株式会社ときわタクシー(以下「補助参加人ときわタクシー」という。)の従業員であり、訴外小関義則(以下「訴外小関」という。)は同補助参加人の元従業員であり(右原告ら五二名と訴外小関を合わせて、以下「原告ら従業員」という。)原告広島タクシーグループ労働組合(以下「原告組合」という。)は、原告ら従業員を含む補助参加人両名の従業員ら(昭和五七年九月当時六二名)で組織された労働組合である。

なお、補助参加人両名には、原告組合のほかに、全国自動車交通労働組合連合会広島地方本部広島タクシー支部(以下「全自交広タク支部」という。)が併存している。

2  原告小関哲子(以下「原告小関」という。)を除くその余の原告ら及び訴外小関は、昭和五七年九月二〇日、被告に対し、補助参加人両名を被申立人として不当労働行為救済の申立てをした(広労委昭和五七年(不)第六号事件)ところ、被告は、昭和五九年六月二八日付をもって別紙(二)(略)命令書のとおりその主文3項で右申立てを棄却する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発し、右命令は同年七月二日ないし同月三日原告ら及び補助参加人両名に交付された。なお、訴外小関は右救済申立事件の係属中に死亡し、その妻である原告小関が申立人の地位を承継したものである。

3  本件命令は次に述べるとおり違法である。

(一) 補助参加人両名は、昭和五五年及び昭和五六年の各一時金について、原告組合の組合員である原告ら従業員と全自交広タク支部の組合員らが一時金の支給対象期間中同一の労働条件であって、支給金額について双方の間に差異が生ずべき理由は存しなかったにもかかわらず、原告ら従業員に対し、全自交広タク支部の組合員らに対するよりも年間三万八〇〇〇円(夏期について一万八〇〇〇円、冬期について二万円)低くして支給した。補助参加人両名によれば、右の差異が生じた理由は、昭和五五年四月の春闘の際の会社側回答において補助参加人両名が、スライド制(各タクシー乗務員の営業収入のうち歩合給算定の対象としない一定の控除額を、運賃値上げの際一定額引き上げる制度)の導入を前提に協議することを一時金支給の前提条件としたところ、全自交広タク支部はこの前提条件を受け入れたのに対し、原告組合はこれを拒否したことによるというのである。

しかしながら、

(1) 補助参加人両名と全自交広タク支部との間では、昭和五〇年ころの労使懇談会でスライド制の導入が提案され、昭和五四年ころからこれについての本格的な協議が重ねられた結果、昭和五五年四月における前記会社側回答に至ったものであるのに対し、原告組合は右労使懇談会にも参加しておらず、補助参加人両名からは、右回答以前に、スライド制についてはもとより補助参加人両名と全自交広タク支部とのスライド制に関する協議の経過、内容についても全く知らされていなかった。

(2) 補助参加人両名は昭和五五年四月一四日、全自交広タク支部に対してスライド制を導入すべく協議することを提案したが、その内容は原告組合に対するものとは異なって詳細なものであり、右(1)のとおりのそれまでの協議の成果も踏まえて、補助参加人両名と全自交広タク支部とは同日、会社側回答と同一内容で協定を締結した。これに対し、原告組合に対する補助参加人両名のスライド制に関する提案は、全自交広タク支部との合意が成立し協定書が作成された後の同月一六日になって初めて、いきなりなされたもので、しかも、右の提案は「スライド制を導入すべく協議」するという曖昧なもので、具体的内容を全く欠き資料の添付もなかったうえ、補助参加人両名のスライド制に関する説明も極めて抽象的で不明確なものであった。

(3) スライド制が実施された場合、乗務員の収入は低下し、それがさらに年次有給休暇の一日分手当額、休業補償額、厚生年金受給額などの低下を招くほか、スライド制実施により会社側に留保される利益の配分方法が不明確であるなど、スライド制の導入は労働者の利益、労働条件に大きな影響を与える重要なものであるにもかかわらず、補助参加人両名の原告組合に対してのスライド制導入に関する提案は右(2)のとおり具体的内容のない曖昧なものであったうえ、昭和五五年当時においては運賃改定の見通しすらなく、スライド制が現実に実施されていたわけでもなかったのであって、原告組合としては即座に補助参加人両名の提案を受け入れることは到底できない立場にあり、また、スライド制について具体的に検討できる状況でもなかった。そこで原告組合は、補助参加人両名に対し、即座にスライド制の導入を前提として協議することはできない旨回答したうえ、労使双方でスライド制度について学習し協議することを提案した。しかし、補助参加人両名は右の提案を無視し、原告組合がスライド制導入を認めないのであれば一時金は支給しないとの態度に出たのである。

このようにして、補助参加人両名は原告組合に所属する原告従業員らをして一時金について暫定的に前年と同額の支給を受け、年間三万八〇〇〇円の上積みについては以後の交渉課題とすることを了解せざるをえない状況に追い込んだものである。

(4) 補助参加人両名が現実にスライド制を導入したのは昭和五六年一一月六日以降であって、それ以前においては原告組合員らも全自交広タク支部の組合員らも同一の労働条件のもとに勤務してきたのであり、昭和五五年及び昭和五六年の各一時金支給における年間三万八〇〇〇円の上積みはスライド制とは全く無関係であることが明らかである。

これらによれば、昭和五五年及び昭和五六年の各一時金について、補助参加人両名が原告ら従業員に対し、全自交広タク支部の組合員らに対するよりも年間三万八〇〇〇円低くして支給したことは、原告組合結成直後から補助参加人両名が行なってきた不当労働行為の一環として、原告組合の組織拡大を妨害し、原告組合員の団結力を弱体化することを企図し、原告組合員であることを唯一の理由とするもので、不利益取扱であり、また原告組合に対する支配介入であるから、不当労働行為に当たるものというべきである(最高裁判所昭和五九年五月二九日判決参照)。

(二) 訴外小関、原告幸田義登(以下「原告幸田」という。)、同原辰義(以下「原告原」という。)の三名は、昭和五七年三月二〇日、それまで所属していた全自交広タク支部を脱退して原告組合に加入しその組合員となったものであるが、補助参加人ときわタクシーは、右の事実を知りながら、同年四月以降も引続き、訴外小関については同年一一月まで、原告幸田については現在に至るまで、原告原については昭和五八年一月までの間、その給与から、原告組合の組合費等と合わせて全自交広タク支部の組合費等をも二重に控除して全自交広タク支部に交付している。補助参加人ときわタクシーはその理由について、右三名については原告組合と全自交広タク支部との双方から組合費等の控除申請が出されたためであり、全自交広タク支部が右三名の脱退を認めていない以上、会社側としては右三名がいずれの組合に属するか断定できず、両組合間で合意に達しなかったので、双方からの控除申請に従って組合費等を二重に控除したというのである。

しかしながら、

(1) 労働者には労働組合加入及び脱退の自由があり、訴外小関ら三名は全自交広タク支部からの脱退と原告組合への加入を明確な形で表明してきたのであるから、補助参加人ときわタクシーにおいて右三名がいずれの組合に属するか断定できないということはありえない。また、労働組合を脱退するかどうかは本人の意思のみにかかるものであるうえ、全自交広タク支部は脱退について組合規約にも何らの定めを置いていないのであるから、全自交広タク支部が右三名の脱退を認めていないとの同補助参加人の主張も理由がないものである。

(2) 前記三名に対する組合費等の二重控除は、当時前記(一)のスライド制導入問題が起き、スライド制の実施が労働条件の低下につながるとしてこれに反対する全自交広タク支部の組合員らが大量に全自交広タク支部を脱退して原告組合に加入する動きがある中で、原告組合の組織拡大を恐れ、これを阻止しようとする補助参加人ときわタクシーが、全自交広タク支部と一体となって行なった原告組合員らに対する不利益な取扱である。昭和五七年三月までに全自交広タク支部を脱退して原告組合に加入した九名については、組合費等の二重控除という問題は何ら生じることなく円滑に処理されていたこと、いったん全自交広タク支部を脱退して原告組合へ加入したものの、会社側から、原告組合へ加入するのなら重要な収入源である無線車への乗車をさせないと説得されて全自交広タク支部へ復帰した者もいることなどによっても同補助参加人の意図は明らかである。

これらによれば、補助参加人ときわタクシーが前記三名について原告組合の組合費等と合わせて全自交広タク支部の組合費等をも二重に控除していることは、原告組合結成後から補助参加人両名が行なってきた不当労働行為の一環として、原告組合の組織拡大を妨害することなどを企図した不利益取扱であって、不当労働行為に当たるものというべきである。

(三) 右(一)、(二)のとおり補助参加人両名の行為は不当労働行為に当たることが明らかであるにもかかわらず、被告は本件命令において、前記命令書記載のとおりいずれも不当労働行為には当たらないと判断して原告らの申立てを安易に棄却したもので、右は、事実を誤認し、評価を誤り、判断の根拠を示さないでなされた違法なものである。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。ただし、本件命令が原告ら及び補助参加人らに交付されたのは昭和五九年七月二日ないし同月一〇日の間である。

3  同3のうち、昭和五五年度及び昭和五六年度各夏期及び冬期一時金について、補助参加人両名が原告ら従業員に対して、全自交広タク支部の組合員らに対するよりも年間一人平均総額三万八〇〇〇円低くして支給したこと、原告ら従業員と全自交広タク支部の組合員らとの間で、右各一時金のうち昭和五五年度夏期及び冬期並びに昭和五六年度夏期一時金の支給対象期間中の賃金体系等労働条件において差異がなかったこと、補助参加人ときわタクシーが訴外小関、原告幸田、同原の三名につき、昭和五七年四月以降訴外小関については同年一〇月までの間、原告原については昭和五八年一月までの間、原告幸田については現在に至るまで、その給与から、原告組合の組合費等と合わせて全自交広タク支部の組合費等をも二重に控除していることは認めるが、それらが不当労働行為に当たる旨の原告らの主張は争う。

4  被告が本件命令を発した理由は別紙(二)命令書の理由中に記載のとおりであって、その事実認定及び判断に誤りはなく、本件命令に違法な点はない。

なお、一時金支給問題について敷衍するに、労使が団体交渉において、互いに提案や回答に条件をつけるなどして自主的に労働条件を形成してゆくことは、当該条件が違法又は著しく不合理にわたらない限り許されるところであるところ、本件スライド制の導入は、タクシー業界における労働条件の改善等のため以前から検討されてきたもので、これを前提とする一時金年額三万八〇〇〇円の上積みも、生涯賃金構想を進めることにより将来十分に生産性向上の期待がもてることから、先行投資として提示されたものであるから、これらが会社提案として特段に不合理なものとはいえないし、「次の運賃改定の際には、地域の実情に合わせてスライド制を導入すべく協議する」という条件の内容も、スライド制導入の方向づけを前提に、地域の同業者の動向、運賃改定の内容等を検討してその内容を協議しようというものであり、原告ら従業員もスライド制の意味、内容は知っていたことを合わせ考えると、原告組合において右条件の諾否を決めるのに支障があるほど不明確なものとはいえない。

三  補助参加人両名の主張

1  一時金支給問題について

昭和五五年春闘の前ころからタクシー業界においては、燃料の異常な高騰が経営を圧迫し、賃金改定の源資がない状態で経営者は対策に苦慮していたが、その一方で、他産業に比べて一時金、退職金が非常に少なく、また補償制度や福利制度が立ち遅れていて、乗務員には日雇的、腰掛的な体質が残っており、接客態度や運転マナーの改善、事故防止対策、生産性向上等の諸問題を抱えていたので、これら諸問題を解決してタクシー業界を魅力ある職場にしなければならないとの意見が強く叫ばれていた

広島市内及びその周辺のタクシー業者で組織する広島県タクシー協会広島支部では、この課題に取り組み、日雇的労働条件を改め、定年まで安心して働ける均衡した労働条件を作るべく、具体的には他産業に比べ著しく劣っている一時金や退職金の引上げ、補償制度の充実、年金の拡充等を取り上げてこれを生涯雇用、生涯賃金と名づけ、その源資をスライド制により捻出することとした。すなわち、タクシー乗務員の賃金の特殊性に歩合給があって、これは月間営業収入から一定額を控除した残額に一定の率を乗じて算出される仕組みになっているもので、したがって、運賃の値上げがあると、労働時間や走行距離が従前と全く変らず、賃金の改定がなされたわけでもないのに、自動的に月間営業収入が増える結果歩合給も増えることになる。そこで、運賃値上げがあった際には、これによる月間営業収入の伸びに合わせて控除額を引き上げ、それによって会社に留保されることとなる源資を右の生涯雇用、生涯賃金のための資金に充てようとするものである。

昭和五五年春闘におけるタクシー業界の対応は、右の方針に沿って業界としてスライド制導入に取り組み、労働組合にもそれに対する協力を求めることとし、その前提として、非常に困難ではあるもののある程度の源資を確保して一時金上積みの回答をすることとしたが、当時は未だ運賃改定の目途が立っていなかったため、次の運賃改定の際にはスライド制を導入すべく協議することを前提条件として回答したものである。

右のように、補助参加人両名が昭和五五年春闘において一時金上積みの前提条件として回答したスライド制は、タクシー業界の従前からの体質を改善するための合理的な制度であるうえ、右前提条件も「次の運賃改定の際には、地域の情勢に合わせて、スライド制を導入すべく協議する」というものであって、協議に応じることを求めているにすぎず、この条件を受け入れることが直ちにスライド制の実施に関し原告ら従業員を拘束するものでもない。しかも補助参加人両名は、スライド制の内容は運賃改定の見通しが立ってから協議によって盛り込むこととして、スライド制導入の必要性やその方法につき原告ら従業員に対して十分に説明したものである。なお、補助参加人両名は全自交広タク支部に対しても原告組合に対するのと同じ前提条件で提案しているもので、原告組合を敵視したことも、団結破壊を意図したこともない。

結局補助参加人両名の提案した前提条件は原告組合の受け入れるところとならず、原告組合からは「スライド制は重要な問題であるので、一時金は昨年並みとし、早急に勉強会を開いて理解したい」との申入れがあり、補助参加人両名もこれを受け入れて継続交渉とすることに合意し、この合意に基づいて補助参加人両名は、昭和五五年夏期一時金について前年同額を暫定支給したものであり、その後の同年冬期、昭和五六年夏期、冬期各一時金についても、原告組合からの申入れにより継続交渉、暫定支給を合意し、この合意に基づいて補助参加人両名は前年同額(ただし、昭和五六年夏期は前年額に二万五〇〇〇円を加算)を暫定支給したものである。

以上のとおりであるから、補助参加人両名が原告ら従業員に対し、全自交広タク支部の組合員らに対するよりも年間三万八〇〇〇円低くして支給したことは、何ら不当労働行為に当たるものではない。

2  組合費等の二重控除問題について

訴外小関、原告幸田、原告原の三名について組合費等の二重控除という事態が生じたのは、原告組合と全自交広タク支部の双方が右三名を自己の組合員であると主張して組合費等の控除申請をしてきたので、いずれの組織にも介入できない立場にある補助参加人ときわタクシーとしては、双方の申請どおりに処理するよりほかに手段がなかったためであり、原告組合及びその組合員らに対する攻撃の意図に出たものではない。

同補助参加人の側からも原告組合と全自交広タク支部の双方に対し早急に話し合い解決してほしい旨申し入れていたところ、訴外小関、原告原の両名についてはその後話合で解決されたため、全自交広タク支部からの控除申請はなされなくなったものである。

右のとおり、組合費等を二重に控除した点についても補助参加人ときわタクシーの行為は何ら不当労働行為に当たるものではない。

第三証拠関係

当事者双方が提出、援用した証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実は、本件命令が交付された日の点を除き、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告ら主張の本件命令の違法事由のうち、まず一時金支給の点について検討する。

1  昭和五五年度及び昭和五六年度各夏期及び冬期一時金につき、補助参加人両名が原告ら従業員に対して、全自交広タク支部組合員らに対するよりも年間一人平均総額三万八〇〇〇円低くして支給したこと、原告ら従業員と全自交広タク支部の組合員らとの間で、右各一時金のうち昭和五五年度夏期及び冬期並びに昭和五六年度夏期一時金の支給対象期間中の賃金体系等労働条件において差異がなかったことは当事者間に争いがない。

2  前記争いのない各事実と成立に争いのない(証拠・人証略)各本人尋問の結果の各一部並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、(証拠略)の記載並びに原告前原将士及び同安村定各本人の供述中この認定に反する部分はたやすく信用し難く、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  補助参加人両名は、いずれもタクシー業を営むもので、昭和五七年当時において補助参加人広島タクシーは七三二人、同ときわタクシーは一五〇人の従業員を擁していたものであるが、右両名は代表取締役が同一人であり、賃金、一時金その他労働条件に関する団体交渉も一体として行っていた。

(二)  ところで、タクシー乗務員の従前からの賃金体系は、基準内賃金と基準外賃金とに分かれ、前者は基本給、乗務手当、歩合給によって構成され、後者は深夜手当、時間外手当等によって構成されている。そして、右基準内賃金中の基本給の乗務手当は一定額が定められているが、歩合給は乗務員の運収額によって月々異なってくる。すなわち、歩合給は、月額総運収額から一定額を控除(以下、「足切額」という。)した残額に、一定の率を乗じて算出される。

右のような賃金体系の下で、月収中の歩合給の占める割合が大きいこともあって、運収さえ揚げれば、どのタクシー会社でも変らない月収が得られるため、乗務員の一定の会社への定着性は薄く、会社の退職制度や福利厚生面においても、他の一般会社のそれに比して劣るといった傾向にあった。

そこで、タクシー業者は、右のような傾向を排し、長期的に安定した職場とするためには、退職金制度や福利厚生等の充実をも図る必要があるものとし、そのための資金獲得の一手段として、前記足切額を上げるといった方法が考えられ、その方法のうち、タクシー運賃の値上がりの際に、これに同伴して足切額を上げる制度をスライド制と指称し、昭和三九年から東京の業界の一部で右スライド制が実施されるようになった。

(三)  広島市のタクシー業界においては、昭和五二年ころ、七社のタクシー会社によって労使懇談会と称する会合が設けられ、右各社の使用者及び労働組合から代表者が出席し、正規の団体交渉とは別に、種々の話し合いがなされており、昭和五四年ころには右懇談会に参加する会社は二〇社位となっていたところ、同年ころから、右労使懇談会において、スライド制の導入について討議がなされ、昭和五五年の春闘以前において、各社とも、相互の進展をみながら、右導入に踏み切る旨の合意がなされた。

右労使懇談会には補助参加人両名も参加していたが、右に出席する労働組合は全自交広タク支部のみで、原告組合はその構成員とされておらず、従って、原告組合は右スライド制導入の協議にも加わっていなかった。

(四)  補助参加人両名の労働組合との団体交渉は、従来から、先ず全自交広タク支部との間で行われ、その後日に原告組合と行われていたが、昭和五五年春闘における団体交渉も、先ず同年四月一四日に全自交広タク支部と、同月一六日に原告組合とそれぞれ団体交渉が行われ、それぞれの席上補助参加人両名の側から右各組合の双方に対して、一時金の支給についての回答として、運賃改定の際には地域の情勢に合わせて、スライド制を導入すべく協議すること(導入するか否かについて協議をすれば良いというのではなく、スライド制の導入を前提とした協議をすること)を条件として、前年度の一時金支給金額に年間三万八〇〇〇円を上積みした夏期二四万八〇〇〇円、冬期二八万五〇〇〇円(いずれも支給対象期間中の満勤務者一人平均)を支給する旨の回答がなされた。

(五)  右回答に対して、全自交広タク支部は、スライド制導入については既に労使懇談会において協議を重ね、これに賛同していたので回答があった即日右回答を全面的に受け入れ、右回答どおりの内容の協定が成立したうえ、同年七月一〇日、補助参加人両名から全自交広タク支部の組合員らに対して、支給対象期間中の満勤務者一人平均二四万八〇〇〇円の一時金が支給された。

(六)  他方、原告組合は、従前から、スライド制は実質的に月々の賃金の減額につながるうえ、これによって会社側に新たに留保されることとなる資金の運用方法等についても問題があるとして、組合新聞等でスライド制導入に対して消極的な姿勢を示していた(補助参加人両名もそのことを知っていた)もので、補助参加人両名からスライド制についての提案を受けたのは前記春闘回答におけるそれが初めてであったうえ、スライド制に関する具体的問題(スライド制導入によって得られた資金の運用方法等)については、運賃改定がなされた際に具体的に協議するというものであったため、納得できず、年間三万八〇〇〇円の一時金上積み支給とスライド制導入問題とを切り離すことを主張し、その日は協定の成立に至らなかった。

(七)  その後昭和五五年六月一八日、補助参加人両名と原告組合との間に二度目の団体交渉が行われ、その際原告組合は、スライド制は問題点が多いので今後労使間で勉強会を開いて協議することとし、前回回答の一時金上積み支給をして欲しい旨申し入れたところ、補助参加人両名は右勉強会を開くことは了承したが、右はスライド制を導入するか否かの勉強会であって、補助参加人両名が意図しているスライド制の導入が前提となっていないため、一時金上積み支給はできないとの回答を維持するとともに、本日中に合意できないと、計算の都合上夏期一時金の支給時期(七月一〇日)に間に合わないと告げたため、原告組合としてはやむなく、前年と同額の一時金を暫定的に支給してもらい、そのうえで交渉を継続したい旨補助参加人両名に申し入れ、右両名もこれを了承したことから、原告ら従業員に対する昭和五五年度夏期一時金は同年七月一〇日に前年と同額の暫定支給がなされたうえ、さらに双方の間で交渉を継続することとなった。

(八)  その後、スライド制導入問題に関する補助参加人両名と原告組合との間の協議は進展せず、結局昭和五五年度冬期、昭和五六年度夏期、冬期の各一時金とも前年同額の暫定支給(但し、昭和五六年度夏期一時金は前年度の額に二万五〇〇〇円を加算)と継続交渉で合意し、右合意に従った各一時金支給がなされた。なお、原告組合は昭和五六年二月ころ、組合としてスライド制導入に反対する態度を明確にするに至った。

(九)  補助参加人両名においては、全自交広タク支部との間でスライド制導入についての具体的な協議を重ねた結果、同支部の組合員に限って、昭和五六年一一月六日のタクシー運賃改定の際初めて、これに先立つ同年一〇月二一日に足切額を二五〇〇円引き上げる方法でスライド制が実施され、これによって、同月以降原告ら従業員と全自交広タク支部の組合員らとの間で賃金体系に差異が生じることとなった。なお、補助参加人両名における昭和五六年度冬期一時金の支給対象期間は昭和五五年三月二一日から同年九月二〇日までであるため、原告ら従業員と全自交広タク支部の組合員らとの間で、右一時金の支給対象期間中の労働条件に差異はなかった。

(一〇)  補助参加人両名は、昭和五二年一二月の原告組合結成以来、原告組合に対する組合事務所や掲示板設置、原告組合の組合員らに対する時差勤務や無線車への乗務等について、全自交広タク支部やその組合員に対するそれよりも不利益な扱いをし、全自交広タク支部を脱退して原告組合に加入した組合員らにつき引続き全自交広タク支部の組合費等をも控除したり(後記三1(一))、本採用となった従業員について、本人の意思を確認することなく当然に全自交広タク支部の組合員として取り扱うなど、ことさらに原告組合を嫌悪する行動をとっている。

2(ママ) ところで、同一企業内に複数の労働組合が併存する場合において、労働協約の締結に当たり、使用者が各組合に対して同一の前提条件を提示し、これを組合が受諾した場合に限って組合側の要求の全部又は一部を受け入れる旨の提案をしたところ、一方の組合がこの条件を受け入れて協約を締結したのに対し、他方の組合がこの条件を受け入れなかったため協約の締結に至らず、その結果として両組合の労働条件に差異が生じ、一方の組合が結果的に不利益に取り扱われることになったとしても、それは当該組合の自由な意思決定によるものであるから、この場合の使用者の措置については、原則として不当労働行為の成立する余地がない。しかしながら、右の場合であっても、使用者が提示した条件の内容、その条件を提示するに至った経緯、状況、各組合との団体交渉の経過等に照らし、使用者が一方の組合の弱体化や壊滅を企図若しくはそれを予測してこのような条件を提示し、また団体交渉を行ったと認められる特段の事情がある場合には、使用者のとった措置につき不当労働行為が成立するものと解するのが相当である(原告ら引用の最高裁判所判決及び最高裁昭和六〇年四月二三日判決民集三九巻三号七三〇頁)。

3  これを本件についてみると、前記認定事実によると、

(一)  補助参加人両名は、一時金上積み支給の前提条件として、全自交広タク支部と原告組合の双方に対してひとしく、「スライド制を導入することを前提とした協議をする」ことを提示したものであり、右の提示は、スライド制の導入が窮極的には従業員の地位の安定を図るに役立つとの見解の下になされたものであり、また、スライド制実施によって会社側に新たに留保されることとなるべき資金を一時金として先行して支給するという方法により、一時金上積みの要求に応じようとしたものであって、右の限りでは、補助参加人両名に不当なものがあったものとは認め難い。

(二)  しかしながら、

(1) 従前からの賃金体系によると、運賃が値上げになれば、労働時間や走行距離が従前と変らない以上、歩合給が増えることになるが、前記前提条件とされたスライド制が導入されると、運賃が値上がりの際に足切額が増額される結果、歩合給が減り、月収全体が減少することになり、更には、月収を基準として算出される労災保険、厚生年金等にも不利に影響することとなる。従って、足切額の増額によって得られた資金が、すべて毎年の一時金や将来の退職金、福祉(ママ)厚生等に使用されるといった保障があれば格別、そうでなければ、乗務員や労働組合の側としてはスライド制の導入を容易に受け入れることはできないと思われる。

(2) そうすると、スライド制導入に当たっては、会社側は、それによって得られる資金の運用方法等の具体的内容を充分に説明し、労働者側の理解を得る必要があるものというべく、殊に原告組合の場合、それまでにスライド制に対して消極的な姿勢を示していたことは補助参加人両名も知っていたのであるから、その必要性が大であったといえる。

しかるところ、補助参加人両名と全自交広タク支部との間では、昭和五四年春ころからスライド制導入について交渉を重ね、昭和五五年春闘以前に右導入につき実質的な合意に達していたもので、したがって、昭和五五年春闘において補助参加人両名が全自交広タク支部に対して回答した一時金上積み支給は、形式的には原告組合に対するのと同様に、「スライド制を導入すべく協議する」ことをその前提条件とはしていたものの、実質的にみれば無条件にも等しいものであったとみることができる。

右に対し、原告組合に対しては、事前の交渉等一切なく、昭和五五年春闘の際の回答において、初めてスライド制の導入を持ち出し、これを一時金上積み支給の前提条件としたうえ、スライド制導入によって得られる資金の運用方法等についての具体的内容については充分説明をしないで、右前提条件に固執する姿勢を示した。

以上の諸点に前記1(ママ)(一〇)で認定した補助参加人両名の原告組合に対する一連の行動、姿勢をも合わせ考えると、補助参加人両名は、右両名が提示した「スライド制を導入すべく協議する」こととの前提条件を原告組合が受諾しないであろうこと及び右受諾しないために一時金の上積み支給が受けられないときは、同組合員らの間に動揺をきたすであろうことを予測し、あるいは予測し得たものであり、それにもかかわらず前記前提条件に固執したため、原告組合員は一時金の上積み金の年間一人平均三万八〇〇〇円の支給を受けられなかったものであって、右補助参加人両名の所為は、原告組合に所属していることを理由として原告ら従業員を不利益に取り扱うとともに、これによって原告組合の組織を動揺或いは弱体化させる意図に基づき原告組合に対する支配介入を行ったものといわざるをえないのであって、右は、労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為に該当するものである。

三  次に、組合費等の二重控除の点につき検討する。

1  補助参加人ときわタクシーが、訴外小関については昭和五七年四月から同年一〇月までの間、原告原については昭和五七年四月から昭和五八年一月までの間、原告幸田については昭和五七年四月から現在に至るまでの間、その給与から、原告組合の組合費等と合わせて、全自交広タク支部の組合費等をも二重に控除していることは当事者間に争いがなく(なお、〈証拠略〉によれば、訴外小関については昭和五七年一一月分の組合費等も二重に控除されていることが認められる)、(証拠・人証略)各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告組合は、昭和五二年一二月全自交広タク支部を脱退した四三名によって結成された労働組合であるが、右脱退者らのうち三三名については、全自交広タク支部がこれらの者の労働金庫からの借入金を保証しているなどの関係にあったため、脱退後も同支部は補助参加人両名に対して組合費等の控除申請を出し、これに従って補助参加人両名は昭和五三年六月分まで同支部の組合費等を控除(同年一月分は原告組合の組合費等と二重に控除)し、控除した金員を補助参加人両名が保管するという状態が続いていた。そこで、会社側の仲介により全自交広タク支部と原告組合との間で話合が行われ、その結果同年七月三日、補助参加人両名が保管しているそれまでの組合費等は原告組合と全自交広タク支部とで折半することとし、今後の組合費等の控除については、賃料計算期間の初日(前月二一日)時点における所属組合如何により処理することとして合意が成立し、その後は昭和五七年三月に至るまで、全自交広タク支部を脱退して原告組合に加入した者の組合費等の控除は円滑に処理され、格別の紛争は生じなかった。

(二)  訴外小関、原告原、同幸田の三名は、全自交広タク支部に所属していたが、昭和五七年三月二〇日同支部を脱退して原告組合に加入し、補助参加人ときわタクシーに対しては、原告組合から同補助参加人の冨山忍営業課長に宛てて電話によりその旨の通告がなされた。そこで、原告組合は、同補助参加人に対し、右三名について同年四月分以降の給与から原告組合の組合費等を控除するよう申請し、同補助参加人も右申請に従って同月以降原告組合の組合費等の控除を開始した。

(三)  他方、補助参加人ときわタクシーは、全自交広タク支部との協約に基づき、同支部から毎月同支部組合員の氏名を特定列記して提出される組合費等の控除申請に従ってその控除を実施してきたところ、前記三名が同支部を脱退して原告組合へ加入した後の昭和五七年四月分以降についても、同支部から右三名についての組合費等の控除申請が出されたため、これに従って組合費等の控除を継続した。

(四)  原告組合は、昭和五七年四月二三日、補助参加人ときわタクシーの前記三名に対する取扱に抗議して同補助参加人と団体交渉を行い、さらに同年五月二三日には、右三名が作成した、同年三月二〇日付で全自交広タク支部を脱退し原告組合に加入したので組合費等は原告組合との賃金控除協定に従って控除されたい旨などの記載のある申入書を同補助参加人に提出して、同補助参加人に対し組合費等の二重控除をやめるよう求めた。これに対して同補助参加人の側でも、全自交広タク支部に対して、右三名の同支部脱退後における組合費等控除申請の理由につき照会するとともに、原告組合と話し合って解決するよう申し入れたが、全自交広タク支部からの返答は、同支部が右三名の労働金庫からの借入金の保証人になっているため、この問題が解決しない限り同支部からの脱退は認められないというものであった。

(五)  その後訴外小関は、全自交広タク支部の役員から、同支部としては昭和五七年三月二〇日付の脱退届は認められない、もう一度文書を出さなければ組合費等の二重控除が今後も続くことになる旨告げられたため、やむなく、同年一〇月二四日、同年一一月分の組合費までは全自交広タク支部へ納入し同年一二月分からは原告組合へ納入する旨の申入書を作成して、これを同支部へ提出し、これによって同年一二月以降同支部の組合費等を控除されることはなくなった。また原告原も、同様の経緯で昭和五八年一月一一日、同支部を脱退して原告組合に加入する旨の申入書を作成してこれを同支部へ提出し、これによって同年二月以降同支部の組合費等を控除されることはなくなった。

2  右の認定事実によれば、訴外小関、原告原、同幸田の三名は、昭和五七年三月二〇日全自交広タク支部を脱退して原告組合に加入したことにより、組合費等の控除に関する全自交広タク支部と補助参加人ときわタクシーとの間の協約の適用を受けなくなったものであり、補助参加人ときわタクシーとしては、右事実を知っていたのみならず、申入書の提出まで受けたことにより右三名の真意を十分把握できたのであるから、従前の経緯にかんがみても、同補助参加人が組合費等の控除について同年四月以降も右三名を全自交広タク支部の組合員として取り扱ったことは、同支部が右三名の脱退を認めず同支部から引続き右三名についての組合費等の控除申請が出されていたことを考慮しても、到底合理性のある措置とはいえず、前記二で認定した補助参加人両名の原告組合に対する一連の行動、姿勢をも合わせ考えると、原告組合に加入したことを理由として右三名を不利益に取り扱うとともに、これによって原告組合の組織を動揺或いは弱体化させる意図に基づき原告組合に対する支配介入を行ったものといわざるをえないのであって、右は、労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為に該当するものである。

四  結論

以上の次第で、原告らによる不当労働行為救済の申立てを棄却した本件命令(主文3項)は、不当労働行為の成否についての判断を誤ったものとして違法であって取消しを免れない。

よって、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 出嵜正清 裁判官 内藤紘二 裁判官石井寛明は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 出嵜正清)

別紙(一) 当事者目録

原告 岡田長英

外五二名

原告 広島タクシーグループ労働組合

代表者執行委員長 前原将士

右五四名訴訟代理人弁護士 佐々木猛也

阿左美信義

島方時夫

坂本宏一

被告 広島県地方労働委員会

右代表者会長 山根志賀彦

右指定代理人 秋山光明

同 山口高明

同 伊藤仁

同 山吉泰一郎

同 熊谷三智也

同 菅忠彦

被告補助参加人 株式会社広島タクシー

右代表者代表取締役 小野正博

被告補助参加人 株式会社ときわタクシー

右代表者代表取締役 小野正博

右両名訴訟代理人弁護士 林良邦

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